本多忠刻は徳川四天王の一人である本多忠勝の孫になります。1614年から1615年の大坂冬の陣と夏の陣に父親と共に参戦して、夏の陣では敵将の首級を挙げる活躍をしました。本多忠刻は刀剣好きとしてもかなり有名な人物です。2代将軍の徳川秀忠から千姫と結婚した際に、結婚祝いで国宝の名物・観世正宗を拝領しています。名物・観世正宗は東京国立博物館に所蔵されており、それだけ貴重な刀を貰ったわけです。鎌倉時代に活躍した包永が作刀した太刀は特に愛用していたものです。千姫は夫の形見として持ち帰り、3代将軍徳川家光に献上し、将軍家の蔵刀となっていた時期もありました。その後は5代将軍の徳川綱吉が上田藩主に拝領したことで、上田藩松平家の重宝になっています。
Related Articles
日本刀の構造と部位名称は?基本を解説!
Posted on Author admin
日本刀の魅力を知るために、部位と名称を理解してみませんか。日本刀は、単なる武器としての機能だけでなく、美しさと技術が多くの人々を魅了しています。以下では、日本刀の主要な部位と名称について解説します。 日本刀の中心となる部 […]
槍(やり)・・・斎藤道三
Posted on Author admin
“「美濃の蝮」と呼ばれた斎藤道三は「下剋上のキョウ雄」として知られ、又美濃国(岐阜県南部)でも屈指の槍の使い手としても知られている。合戦で多くの兵を殺傷したのは弓矢だといわれるが、遠くから射た矢で大将をを倒し […]
古墳時代からも出土する刀剣の移り変わり
Posted on Author admin
日本では、古墳時代の古墳からも数々の刀剣が出土しているようです。この時代の刀剣も鉄製の刀が生産されていたようで、太刀などの存在は、歌などにも詠まれているようです。海外からの渡来品などの刀剣が、数多く名を残しているようです […]